WAO!!BlogMemories

WAO!!の日常, 未分類

【1月29日】「当たり前のレベルは高いに越したことはない」

昔、身だしなみを全て否定されました。

昔、話し方や表情を全否定されました。

昔、自分の日常を完全にダメ出しされました。

今となっては全部笑い話で良い思い出です(笑)

言われた時もあんまり嫌でもなくて、本当はそうでありたかったのだろうに

自分はそうなれてないから無視しようとしていたのでしょう。

人それぞれ、当たり前がちがうことは大前提の上で、

「当たり前が似ている人は意思疎通が図りやすい」

これは高いレベルでも低いレベルにおいてでもそうなりますよね

レベルが乖離していると、別世界の会話として上の空になったり

相手にされなくなったりします。

日常的なことでいえば、

・急いでいるからちょっと雑でも仕方ない。

・忙しいから適当な挨拶でも仕方ない。

とか、

仕事の領域においては

・取り組みに対する成果

・「できた」ということに対する目線

だったりします。

同じチームにおいて、基本的には

「上司こそ当たり前の目線が高い」

ことが前提であるとおもうけれど、

この「当たり前の目線」の高さはその人の行動が伴っていなければなりません。

(口だけじゃだめってこと)

自分を律して、正しいことを正しく行い続けるのは大変ですけど、

当たり前(無意識でもおこなっている)に習慣化されていると

良いですよね。

わかっちゃいるけどたいへんなことですが。

靴磨きも「ピカピカが当たり前」の人にとってはピカピカを保つためのメンテナスは当たり前なんです。

自分はボロボロでも構わないとおもっている時期もありました。

23歳の時に事件は起こります。

スーツも着ていればいい、

ネクタイは結んであれば良い、

シャツは白ければいいんでしょ?

仕事は仕事で成果だしてたらいいよね?

とおもっていたんです。

が、ある時、同僚に

「いっちゃん、スーツ選びにいくよ」

「お金がない?値段じゃなくてフィットしていることが大事だよ」

「これが似合うからこれにしなよ」

「店員さん、彼の今着ているスーツは捨ててください」

もちろん着るものがなくなったので職場にそれを着て帰りました。

他の同僚たちの反応は当然よい。

(今まで私のひどい状態に我慢してくれていた)

太っていてもいいから身だしなみをキチンとしろ!と言うことでした。

当時120kg台をキープしていました。

運動もしてなかったので健康診断は当然オールE

そうなるとそれはもうどうしていくしかないか?は決まってしまいます。

似たようなことはたくさんあって、

表情や言葉遣い、

目に入れるもの、

口にいれるもの、

「自分の好み」と「相手が認めてくれる状態」は別物だと深く認識しました。

当たり前って大事なんだな。

自分にとって「だけ」よい当たり前は少なくとも仕事においてはマイナスしか生まないんだな。

キャリアとともに仲間や部下は増えていきます。

この自分の当たり前だけが成果をだすチームに必要なんだなと実感したエピソードでした。

自分のダメな状態で相手に迷惑をかけないこと。

けど自分的にその状態ですら否定されたらムカつくもの。

それは自分が毎日毎分毎秒一生懸命蒔いている種なんですけどね。

いきなりテッペンにはいけないけれど、必要なことであれば、取り組んで達成するか、別のアイデアで解決するしかない。

当たり前の目線をあげることは成果を出す必要不可欠な第一歩だと思います。

そのためにも「誰といるか?」は本当に大事ですよね。

先日、俊介はトレーナー側の役割をしているときに「当たり前」を細かく指導していました。

そんなシーンを見かけると本当に嬉しくなっちゃいますよね。